このブログでは「ホ・オポノポノ」を長年実践している講師をお招きし、様々なお話を伺います。


ホ・オポノポノ手帳2025

パトリシアさんへのインタビュー(3)

2017年07月31日

今回は、創始者モーナ・ナラマク・シメオナ女史のもとでクリーニングを学ばれた講師の一人、パトリシア・レオラニ・ヒル女史にお話を伺いました。


問題はクリーニングをする機会


―― 家族関係のお悩みをよく伺います。親子間は近い関係だけに、悩みが深いですよね。


パトリシア・レオラニ・ヒルさん(以下、パトリシアさん) 家族の間を結びつけているものはとても強いのです。私は1987年に他界した母のことを、今もクリーニングし続けています。
 私は母とうまくいかず、絶縁状態が続いていました。そのことがきっかけで私はモーナに出会い、クリーニングのやり方を教わり、実践していったんです。母と離れて暮らし、2年ほど口をきいていなかったときに、急遽父から「お母さんの容体が悪い」と連絡を受けました。私はモーナに相談して、「私だったら今すぐハワイに帰って会いに行くわ」と言われたことで決心がつき、家に帰ることにしたんです。
 家に着くと、母が「いろんな人にお世話になっているけど、お礼状を書く力もない」と悲しんでいたので、「私が書くから、お世話になった人たちの名前と住所を教えて」と言いました。そうしたら、母は「私のために、そんなことをしてくれるの?」と言ったんです。氷のようになっていた私たちのそれまでの関係は、たちまち溶けてしまいました。「そんなこと言わないでいいよ」と素直に言える自分がそこにいたんです。
 翌朝のことです。母の枕もとに行って座ると、私から送ったホ・オポノポノのクラスで使っているマニュアルが置いてありました。すると、母が「読んで聞かせてほしい」と言うのです。読み上げて、母を抱きしめると、母は私の腕の中で息を引き取りました。
 飛行機のトラブルがあって、家に着いたのは予定より遅くなってしまったのですが、私は母と最後の会話をすることができたのです。クリーニングを続けてきたことで、母を天に送る役目をいただいたのだと思いました。「もう一切母とは関わりたくない」と思っていましたが、クリーニングをしていくうちに、怒りに身を任せるのではなく「神聖なる存在がこのような関係を与えることには、何か重要な意味があるんだ」と思うようになっていきました。母の最期に立ち会わせていただけたことに、心から感謝しています。問題をクリーニングする大切な機会になりました。


―― そのような辛い問題を「クリーニングの機会」と捉えられるには、強い精神力が必要だと感じます。


パトリシアさん 苦境の真っただ中にいるときには、肯定的に捉えることはとても困難なことです。ですが、クリーニングをし続けることで、問題の根っこにたどり着いていきます。私は母について、初めは言葉として「ごめんなさい」「許してください」とただ唱えてクリーニングしていましたが、いつしか、その言葉に本当に想いが入るようになっていきました。


―― 続けることが大事なんですね。


パトリシアさん
「母の死が問題をクリーニングする大切な機会に」


ウニヒピリは3歳の子ども


―― クリーニングにあたっては、ウニヒピリとの信頼関係がとても大切と伺いました。パトリシアさんがどのように信頼関係を築かれていったかを教えていただけますか。


パトリシアさん ウニヒピリにはとても忍耐強く対応する必要があります。決して強引に何かをさせないでください。まるで3歳の子どものようなものです。そう考えると、集中力が限られていますよね。「やりたくない」と言っているときにやりなさいと言っても無理。ですから、やりたいことをしてあげるんです。例えばおもちゃ屋さんに行って、「好きなのを買っていいよ」と話しかけて、選んでもらうとか。私のウニヒピリは、しょっちゅう私に話しかけてきます。ウニヒピリと買い物をしたり、「愛してるよ」と声をかけ合っていると、ウニヒピリは幸せな気持ちになってくれます。
 ある日、仕事が終わったら外は嵐になっていて、吹き飛ばされそうなほど強い風が吹いていました。家まで4マイルもあるので、運転ができるかすごく不安になっていたら、ウニヒピリが「大丈夫よ、私には安全な道がわかるわ」と言って助けてくれたんです。だから、お互い様なんですね(笑)。


―― 素敵なパートナーシップですね! まずはウニヒピリのやりたいことを叶えてあげることですね。


パトリシアさん ただ、ウニヒピリには動物的な側面があります。必ずしも言いなりになるのがいいわけではありません。例えばウニヒピリが「ハンバーガーを10個食べたい」と言ったら、ただ10個食べようとするのではなく、「ニンジンを食べた方が健康的よ」と提案してみるんです。私たちの顕在意識、ウハネはお母さんの役割をする必要があるんです。ウニヒピリを守り、育てていかなくてはいけない。忍耐強く、愛を持って関わってあげてください。大切に想っていることが伝われば、「それじゃあニンジンを食べようかな」となるかもしれません。したいことを何でもしなさいというのは、必ずしも愛のある行いとは言えません。「ウニヒピリが3歳の子どもだったらどう接するか」。そこから関わっていくと、わかりやすいかもしれませんよ。


―― 3歳の子どもと思うと、言いなりになるばかりではよくないですね。愛を持って関わることを、ウニヒピリと一緒に学んでいきたいと思います! 本日は貴重なお話をありがとうございました。
(インタビュー:太田 陽子)



(『元気な暮らし』2017年8月号掲載)



パトリシア・リン・レオラニ・ヒル

パトリシア・リン・レオラニ・ヒル女史ネイティブハワイアンの血を受け継ぐパトリシアは、1982年当時、上院議員アカカ氏の下で秘書をしていたとき、彼を介してSITH創始者・モーナ女史と出会い、1983年よりSITHホ・オポノポノを学び始める。あらゆる政治活動の中でクリーニングを適応しながら、2013年アカカ氏が引退するまで秘書を務める。2005年より、ワシントンD.C.を中心にSITHのクラスで講師を務めるとともに、ネイティブハワイアンの古典芸能を受け継ぐ女優としても活動し、国家認定の演技団体の中でその古典戯曲、歌、踊りを継承し続けている。


当記事に関して

※当記事は(株)トータルヘルスデザイン発行の無料月刊情報誌『元気な暮らし』に掲載された記事を元に再構成をしております。
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Posted by THDstaff at 10:00 │講師の方々に訊く